縁側に置くもの:まだ願えない願いをデザインする
縁側に置くものは、まだ言葉にならない願いのカタチ。デザインは内と外の境界で、未来の暮らしの種を蒔く営みだ。
公開日時: 2026年6月27日 7:15
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縁側に置くもの
デザインという営みは、言葉によって形作られることが多い。デザインには多くの側面があり、それを語る言葉もまた多様だ。そして、その言葉のひとつひとつが、私たちの思考や実践に影響を与えている。
日本の伝統的な家屋には「縁側」と呼ばれる空間がある。屋内と屋外のあいだ、内と外を緩やかに繋ぐ場所だ。そこには、何気ない日常の品々が置かれることもあれば、特別な思い出を湛えたものが置かれることもある。私はこの「縁側」という概念が、デザインの本質を象徴しているように思えてならない。
デザインは、私たちがまだ明確に言葉にできない願い――「まだ願えない願い」――を形にする試みだ。ユーザーが自覚していない欲求を掘り起こし、それを実現可能なかたちで具現化する。それはまるで、縁側に何を置くかを考えるようなものだ。誰もが使う日常品かもしれないし、あるいは、その家にしかない特別なものかもしれない。
私たちはしばしば、既存の問題を解決することに注力する。しかし、真に革新的なデザインは、問題が問題として認識される以前の、漠然とした違和感や可能性を捉えるところから始まる。それは、まだ言葉にならない「何か」を感じ取る繊細なアンテナのようなものだ。
例えば、誰もが「もっと便利にならないか」と漠然と思っていたことを、スマートフォンという形で具体化したスティーブ・ジョブズの仕事は、まさに「まだ願えない願い」をデザインした好例だろう。ユーザーはタッチスクリーンというインタラクションを具体的に願っていたわけではない。しかし、それが提供されたとき、多くの人は「これこそが欲しかったものだ」と感じた。
では、私たちはどのようにして、まだ見ぬ願いを発見すればよいのか。そのヒントは「縁側」的な視点にあると思う。つまり、境界領域に身を置き、異なる視点を行き来することだ。デザイナーは、ユーザーの日常に深く入り込みつつも、一歩引いて俯瞰する。技術の可能性を追求しつつも、人間の営みに根ざす。この両義性こそが、新しい価値を生み出す源泉となる。
また、デザインツールや方法論も重要だ。プロトタイピングやユーザーテストは、漠然としたアイデアを具体化し、検証するための有効な手段である。しかし、それだけでは不十分だ。私たちは、もっと詩的なアプローチ、つまり物語や比喩、芸術との対話を通じて、言葉にならないものを言葉にする努力を続けるべきだろう。
縁側に置かれたものは、やがて家の一部となり、その家の物語を紡いでいく。同様に、デザインされたものは、人々の生活に溶け込み、新しい習慣や文化を生み出す。私たちが今、縁側に置こうとしているものは、未来の暮らしの種なのだ。
デザインの力は、技術的な解決策を超えて、人間の可能性を広げることにある。まだ願えない願いを、私たちはデザインを通じて現実のものにできる。そのプロセスは、決して一直線ではない。迷いや試行錯誤の連続だが、だからこそ価値がある。
最後に、縁側に座って、今日もまた、何を置くべきか考えてみたい。それは、未来へのささやかな招待状なのだから。
Full stack 技術者